突然話を振られ、危うく箸を取り落としそうになる。
「あっ あっと…… いえ」
しどろもどろに言葉を呟く。
「浴衣は持ってなくって」
「それは残念」
慎二は、小首を傾げて眉を下げた。
「浴衣も似合うだろうに」
なぬっ!
細い瞳の、奥の光。見つめられ、美鶴はゴクリと生唾を呑んだ。
にっ にっ 似合うと思います?
対応に窮する美鶴を、女性がクスッと笑う。
「よろしかったら、召されてみます?」
「えっ?」
「浴衣ならいくらかありますから」
「えぇっ!」
「ホント?」
慎二が嬉しそうに口を開き、そのまま美鶴へ笑顔を向ける。
「せっかくだから、着てみたらどう?」
えぇぇぇっ!
目を丸くして慄く美鶴へ、女性がやんわりと声をかける。
「大丈夫ですよ。ちゃんと着付けてさしあげますよ」
そう言って、美鶴の返事も聞かずに部屋を出て行ってしまったのだった。
そんな成り行きで身に纏った和布の上から、じんわりとぬくもりが背に伝わる。
「大丈夫ですか?」
その問いに答えることもできず、ただ目の前を凝視するだけ。
かろうじて親指にひっかかった下駄。引き寄せる余裕もない。
昼間ほどでないとは言え、じっとりと生温い夏の風。背に流れる髪の毛を弄ぶかのような、その日本特有の湿った空気。
その中で、どうしてそこだけ涼しげな世界。
少し上がった目尻の、切れた眼差しの艶やかな光。白く細い面の中に、どうして弱さを感じないのか。
美鶴の背を支える掌。細くとも大きく、そして力強い。
桂川のせせらぎ。幽しげな風。
「美鶴さん?」
眼差しの奥の光が動き、美鶴はようやくハッとする。
ふわりと空気を含んだ髪が、まるで金糸のごとく滑らかに揺れた。
「すっ すみませんっ!」
慌てて体勢を整えようと、ゆるく慎二の胸を押す。
――――っ!
押した以上に、引き寄せられた。
―――――― なっ
瞠目し、見上げた途端、力が抜けた。
抜けたのか、それとも相手の力がより強まったのか。どちらかかなんてわからない。
ただ一瞬にして目の前が真っ暗になり、真っ暗な中で、甘い瞳に射抜かれた。
一層距離の縮まった慎二の、その唇が美鶴の上に寄せられる。
さぁ どうする?
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